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研究概要

背景

周期律表上の元素の5分の4は金属 元素であり、各々の金属元素は多種多様な物性と特性を示す。現実社会においては、その多様な個性を生かして様々な金属・合金材料が多量に用いられており、 現在の高度科学技術社会は金属材料なしには成り立たない。金属材料の最大の特徴は、高い強度を有しながら、脆く壊れることがない(ねばく、延性・靭性を有 している)点にあり、その多くは力学的な特性を期待して構造材料として使用されている。科学技術の発達とともに、構造用金属材料に対する要求はますます厳 しくなっている。特に環境・資源・エネルギー問題の克服が求められる現在、従来のように新たな元素を加えた安易な合金化による特性の向上といった材料開発 手法では、多面化した社会の要求に応えることができない。すなわち、従来のメタラジーあるいは材料学の延長線上にある解決法ではなく、金属材料科学の不連 続的、飛躍的な発展が必要とされている。本提案が取り扱うバルクナノメタルは、化学組成上は従来の金属と大きく変わらないにもかかわらず、金属材料学の飛 躍的な発展を可能とする画期的な新材料となりうるものである。

我々が用いる金属材料のほとんど は、異なる結晶方位を有する多数の結晶粒(grain)が集合した多結晶体(polycrystal)である。多結晶体を構成する結晶粒の大きさを細かく すれば、種々の特性が向上することが経験的に知られており、結晶粒微細化は材料組織制御において常に重要な課題であった。しかし現在に至っても、我々が用 いるバルク金属材料の最小平均粒径は約10μm程度である。ところで、異なる方位を持ち隣接する結晶粒の境界(粒界:grain boundary)においては、原子の3次元的な周期配列が途切れる(図1)。しかし多結晶体が破壊せずバルク形状を維持している以上、粒界に面した原子 は隣接粒側の原子とも結合を保っている。しかしその結合の様相や幾何学的配列は、粒内の整然とした周期的配列とは異なっている。また、幾何学的必然から、 結晶粒界には原子サイズ以下の自由体積も存在する。

図1 多結晶体金属と、その粒界(結晶粒間の境界)部分の原子構造
図1 多結晶体金属と、その粒界(結晶粒間の境界)部分の原子構造

今、粒界近傍のそうした原子配列の 乱れた領域の厚さを仮に1nmとすると、粒界領域の体積率を平均粒径の関数として計算することができる。それを示したものが、図2である。この図より、粒 径10μm以上の多結晶体における粒界の体積率はほぼ0%であることが分かる。すなわち、我々がこれまで用いてきた金属材料は、「粒界のほとんどない」多 結晶体であったのである。これに対して、平均粒径が1μm以下になると粒界の体積率は急激に増加する。これ以後、マトリクスを構成する結晶粒や相の大きさ が1μm以下であるバルク形状の多結晶金属を、バルクナノメタル(Bulk Nanostructured Metals)と呼ぶことにする。

図2 従来金属とバルクナノメタルにおける粒界の割合
図2 従来金属とバルクナノメタルにおける粒界の割合

粒界部の原子構造は粒内とは大きく 異なるから、「粒界だらけ」のバルクナノメタルは、従来の金属とは全く異なる物性・特性を示す。金属材料の変形は、転位(dislocation)と呼ば れる格子欠陥のすべり運動により担われる。バルクナノメタルにおいては、個々の結晶が高密度に存在する粒界によって強く束縛され、転位自身のエネルギーに も変化が生じて、その振る舞い(すなわち力学特性)は従来金属の常識を超えたものとなる。例えば、バルクナノメタルは従来粒径材の4倍にも達する強度を示 し、その結果、鉄鋼材料並みの強度を有するアルミニウムが実現できる。単に強くなるだけでなく、従来はトレードオフの関係と考えられていた強度と延性・靭 性の両立が、バルクナノメタルにおいては可能である。また、粒界密度が劇的に増加することによって、通常粒径材においては粒内の原子拡散によって律速され ていた種々の高温現象が、室温近傍といった低温で現れるようになる。また粒界その他の高密度格子欠陥によって自由エネルギーが大きく増加し、各合金系にお ける熱力学的な相安定性が変化して、従来金属ではあり得なかった相変態・析出・再結晶現象が生じ、新しい組織が発現する。重要な点は、バルクナノメタルの 特異な特性が、その「粒界だらけ」の構造に由来しているため、純金属や低合金系でも現れることである。バルクナノメタルは過去の合金設計概念を覆して、単 純な化学組成で優れた特性を示し希少資源を消費せずにリサイクル性にも優れた構造材料を実現する。すなわち、バルクナノメタルは、金属材料の不連続的、飛 躍的な発展を可能とし、新しい環境・エネルギー技術を支える新材料として、持続的な社会の発展に資することができる。

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